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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和53年(ネ)203号 判決

控訴人兼付帯被控訴人(以下単に控訴人という) 恵友宏業株式会社

右代表者代表取締役 北野正夫

右訴訟代理人弁護士 林武夫

被控訴人兼付帯控訴人(以下単に被控訴人という) 西田儀一郎

右訴訟代理人弁護士 荒谷昇

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人から金六八万九五〇〇円の支払を受けるのと引換えに、被控訴人に対し別紙物件目録記載(一)の土地および同(二)の建物を明渡せ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分しその一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

この判決の被控訴人勝訴部分は仮に執行することができる。

事実

第一申立

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。被控訴人の付帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求め、さらに付帯控訴として「原判決主文第一項は仮に執行することができる。」との裁判を求めた。

第二主張

一  被控訴人の主張(請求原因)

1  被控訴人は別紙物件目録記載(一)の土地(以下本件土地という)を所有している。

2  控訴人は昭和五三年三月二日、本件土地上に存する別紙物件目録記載(二)の建物(以下本件建物という)の所有権を取得し、本件土地を占有するに至った。

3  よって、被控訴人は控訴人に対し、本件土地所有権に基き、本件建物を収去して本件土地を明渡すことおよび本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年五月六日から右建物収去・土地明渡ずみまで一か月金九万円の割合による賃料相当額の損害金の支払を求める。

二、控訴人の主張

(請求原因に対する認否)

1 本件土地が被控訴人の所有であることは不知。

2 本件建物が本件土地上に存すること、控訴人が本件建物の所有権を取得し、本件土地を占有するようになったことは認める。ただし、その時期は昭和五三年三月二日ではなく、同月一三日である。

(抗弁一)

1 訴外柳瀬弘敏は昭和四八年頃被控訴人から本件土地を、建物所有の目的で賃借した。

かりに、当初建物所有を目的とするものでなかったとしても、後に本件建物が建築された頃、建物所有を目的とする賃貸借に契約目的が変更されたものである。

また、本件土地については、建物所有を目的とする賃貸借と空地として使用することを目的とする賃貸借の二個の賃貸借契約が存するのではなく、本件土地全体に対し一個の建物所有を目的とする賃貸借契約が成立しているものである。

2 右柳瀬弘敏は、昭和五〇年一一月一日本件土地上に本件建物を建築し、これを遅くとも昭和五一年四月一日までに訴外株式会社ヤナセカープラザー(以下「訴外カープラザー」という)に対し、本件土地の賃借権とともに譲渡した。

3 被控訴人は右賃借権譲渡を承諾した。

4 昭和五二年一〇月四日、本件建物につき抵当権に基く任意競売手続開始決定があり、昭和五三年三月二日控訴人を競落人とする競落許可決定が言渡され、控訴人は同月一三日代金を納付してその所有権および本件土地賃借権を取得した。

5 被控訴人は控訴人の右競落による賃借権取得を承諾した。

6 よって、控訴人は被控訴人に対し本件土地賃借権をもって対抗し得るものである。

(抗弁二)

1 かりに、被控訴人において右競落による賃借権取得を承諾していないとしても、控訴人は被控訴人に対し借地法一〇条に基く建物買取請求権を有するところ、昭和五三年七月一七日の原審第三回口頭弁論においてこれを行使した。

2 その結果、被控訴人は本件建物の所有者となり控訴人はその占有者となったのであるが、同時に、控訴人は被控訴人に対し、右買取請求権行使時における本件建物の時価相当額である金二八七万三八五〇円の代金債権を取得したものであり、右債権は本件建物について生じた債権であるから、控訴人は右債権の弁済を受けるまで本件建物およびその敷地である本件土地を留置する権利を有するというべきであり、本訴においてこれを行使する。

なお、控訴人は本件建物競落後に増築および改造をしているが、かりに増築・改造部分については買取請求が認められないものであるなら、控訴人は増築・改造の結果増加した価格を予備的に放棄し、従前の建物としての買取を請求するものである。そして、従前の建物の価格は金一四〇万九五〇〇円とみるのが相当である。

三  被控訴人の主張

(抗弁に対する認否)

1 被控訴人が訴外柳瀬弘敏に対し昭和四八年頃本件土地を賃貸したことは認めるが、それが建物所有の目的であったこと、後に建物所有を目的とするものに変更されたことは否認する。

2 右柳瀬弘敏が本件建物を建築したことおよびその時期、同人が訴外カープラザーに本件建物を譲渡したことは認めるが、同人が本件土地賃借権をともに譲渡したことおよび被控訴人において右賃借権譲渡を承諾したことは否認する。

3 控訴人が任意競売手続において本件建物を競落し、その所有権を取得したことは認める。

4 控訴人が本件土地賃借権をも取得し、被控訴人がこれを承諾したことは否認する。

5 本件建物の時価は争う。

(再抗弁一)

1 被控訴人と柳瀬弘敏との間の本件土地賃貸借契約においては一か月の賃料が金九万円、これを毎月末日に支払う約束であったところ、右柳瀬は昭和五二年二月分から右賃料の支払をしない。

2 そこで、被控訴人は右柳瀬に対し、同人が行方不明となったため公示の方法をもって、昭和五二年二月から同年一〇月まで九か月分の賃料合計金八一万円を一〇日以内に支払うことの催告および右催告期限までに支払がないときは本件土地賃貸借契約を解除する旨の停止条件付解除の意思表示をなし、右催告および解除の意思表示は昭和五二年一二月一〇日右柳瀬に到達したものとみなされた。

3 右柳瀬は右催告期限を過ぎても右賃料の支払をしなかったので、被控訴人と右柳瀬の間の本件土地賃貸借契約は同月二一日に解除された。

(再抗弁二)

1 かりに、建物買取請求権の行使によって、控訴人が被控訴人に対し、本件建物の時価相当額の代金債権を取得するに至ったとしても、

(一) 被控訴人は控訴人に対し、控訴人が昭和五三年三月二日から昭和五四年一一月一日まで本件土地を不法占有したことに基き、一か月金九万円の割合による賃料相当額の損害賠償請求権(合計金一八〇万円)を取得し、

(二) かりに、右占有が不法占有にならないとしても、右期間中控訴人は本件建物を使用して「ウォーカー・ヒル」という屋号のゲームセンターを経営して収益を挙げており、そのことによって被控訴人は本件土地の利用を妨げられたものであるから、被控訴人は控訴人に対し、右(一)と同額の不当利得返還請求権を取得した。

2 被控訴人は、昭和五四年一一月七日の当審第五回口頭弁論において、控訴人に対し、右(一)(二)の債権と前記代金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

3 なお、本件建物の評価は、控訴人が競落後においてなした増改築部分を除外してなされるべきものであるから、その買取請求時における時価は金一一二万七六〇〇円とみるのが相当である。

4 よって、控訴人の取得した本件建物の代金債権は右相殺により全額消滅したというべきであり、従って、控訴人はもはや留置権を有しない。

四  控訴人の主張(再抗弁に対する反論)

1  被控訴人が柳瀬弘敏に対してなした契約解除の意思表示は、既に賃借人でなくなった者に対してなされたことになるから、それによって何らの法的効果も生じない。

2  かりに、右解除により本件土地の賃借権が消滅したとしても、競落人である控訴人は差押の効力として競売開始決定当時(昭和五二年一〇月四日)の状態において本件土地賃借権を取得したものである。

3  控訴人が本件建物につき競落許可決定を受けたのは昭和五三年三月二日であるが、代金を納付して所有権移転登記を受けたのは同月一三日であるから、本件土地の占有を開始したのも同月一三日である。

4  控訴人による本件建物の占有が留置権の行使のみを目的とし、自ら使用したり、または他に使用させたりしていないときは何らの利得も生ずるものでなく、従って不当利得返還の問題は生じないというべきところ、控訴人は当初本件建物を増築・改造してゲームセンターを営んでいたが、被控訴人から本訴を提起されたため、また控訴人自身本訴において建物買取請求権を行使したこともあって、右ゲームセンターは昭和五三年一〇月末日で廃業し、以後は留置権行使のためにのみ本件建物を占有しているものである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  本件土地が被控訴人の所有に属することは、《証拠省略》によって推認することができる。

二  本件土地上に本件建物が存在することは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、控訴人は昭和五三年三月一三日頃本件建物の所有権を取得し、同時に本件土地の占有を始めたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  被控訴人が訴外柳瀬弘敏に対し昭和四八年頃本件土地を賃貸したこと、右柳瀬が昭和五〇年一一月頃本件建物を建築したことは当事者間に争いがない。

前記《証拠省略》によれば、右柳瀬は本件土地において自動車修理・販売業を営む目的でこれを賃借し、その一隅に右営業のための事務所として本件建物を建築したこと、被控訴人は当初から事務所の建設を承認していたこと、本件土地のうち本件建物の敷地以外の部分は商品である自動車の置場および本件建物への通路として使用されたこと、本件土地は一筆の土地であり、賃料は本件建物の敷地部分とその余の部分とを区別することなく一括して定められていたことが認められ、右事実にてらすと、本件建物敷地部分の面積が本件土地全体の面積の一割にも満たないことを勘案してもなお、本件土地全体につき当初から建物所有を目的とする賃貸借契約が成立したものと認めるのが相当である。

四  右柳瀬が本件建物を訴外カープラザーに譲渡したことは当事者間に争いがなく、右事実と《証拠省略》によれば、右柳瀬は遅くとも昭和五一年四月頃までに本件建物とともに本件土地の賃借権をも訴外カープラザーに譲渡したこと、被控訴人は右賃借権譲渡につき黙示の承諾を与えたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

本件建物につき任意競売手続が開始し、控訴人がこれを競落しその所有権を取得したことは当事者間に争いがない。

しかし、被控訴人において右競落に伴う本件土地賃借権の譲渡を承諾したことを認めるに足りる証拠はない。

従って、控訴人は本件土地賃借権をもって被控訴人に対抗し得るものではない。

五  次に、控訴人の建物買取請求の主張についてみるに、右に認定したところによれば、控訴人は借地上に存する建物の譲受人として被控訴人に対し借地法一〇条所定の建物買取請求権を取得したということができる。

被控訴人の主張によれば、被控訴人は昭和五二年一二月一〇日前記柳瀬弘敏に対し賃貸借契約の意思表示をしたというのであるが、前記のとおりその頃既に賃借権は右柳瀬から訴外カープラザーに譲渡され被控訴人がこれに対し承諾を与えていたと認められるから、右解除の意思表示によって訴外カープラザーの取得した賃借権が消滅するいわれはなく、従って、被控訴人が賃貸借契約の解除に関して主張する事実が存するとしても控訴人の建物買取請求権取得が否定されるものではない。

なお、控訴人は本件建物を取得した後にこれに対し増築・改造を加えたことを自認するものであり、当審における鑑定の結果によれば、建物買取請求権が行使された昭和五三年七月一七日時点において現実に存在する本件建物の評価額は金二八七万三八五〇円、増築・改造がなされなかったと仮定した場合の同時点におけるその評価額は金一四〇万九五〇〇円であることがそれぞれ認められるところ、控訴人のなした増築・改造は、被控訴人に対抗し得る土地使用権原を有しないまま行われたものであるから、それによって評価額が二倍以上の価格となった本件建物の買取を被控訴人に強制するのは相当でなく、従って、このような場合は原則として建物買取請求が許されないと解すべきであるが、控訴人は本件において予備的に、増築・改造によって増加した価値を放棄し、右増加がないものとしての価格による買取請求をもなすところ、右予備的買取請求はこれを許容するのが相当である。

控訴人が昭和五三年七月一七日の原審第三回口頭弁論において本件建物の買取請求権を行使したことは記録上明らかである。控訴人において増築・改造による価値増加分を放棄する意思を明らかにしたのは当審第五回口頭弁論においてであるが、右価値を放棄した価格による買取請求自体は当初から予備的になされていたと解するのが相当である。

そうすると、控訴人と被控訴人の間には昭和五三年七月一七日右買取請求により本件建物につき売買に準ずる関係が形成され、控訴人は被控訴人に対し金一四〇万九五〇〇円の代金債権を取得したというべきである。

六  被控訴人は相殺による右代金債権の消滅を主張するのでこの点について検討する。

被控訴人は、控訴人が昭和五三年三月二日から昭和五四年一一月一日まで本件土地を不法占有したと主張するが、昭和五三年三月一三日より前に控訴人が本件土地を占有した事実を認めるに足りる証拠はなく、また建物買取請求がなされた後は、控訴人の本件建物引渡義務と被控訴人の代金支払義務が同時履行の関係に立つから、控訴人は右代金の支払があるまで適法に本件建物およびその敷地を占有し得るのであり、従って、本件土地の占有が不法行為となることはない。

そこで、建物買取請求後における不当利得の点をみるに、控訴人において単に建物引渡を拒否しているだけなら不当利得の問題は生じないが、控訴人は建物買取請求をなす以前から昭和五三年一〇月末日まで本件建物を使用してゲームセンター営業を行ったことを自認するのであり、《証拠省略》によれば、控訴人は同年一一月中頃まで右営業を継続していたことが推認されるところ、その間控訴人は本件建物の使用に必然的に伴うその敷地の使用により本件土地の地代相当額を不当利得したものといわなければならない。

控訴人の右営業がさらにその後継続してなされたこと、その他控訴人がその後も本件土地を積極的に使用収益している事実を認めるに足りる証拠はない。

なお、本件土地はその全部が本件建物下にあるわけではないが、前記三項記載の契約関係および本件土地と本件建物の利用上の一体関係にてらし、右同時履行および不当利得の関係では全体としてこれを本件建物の敷地とみるのが相当である。

前記《証拠省略》によれば、昭和五二年頃以降の本件土地の適正賃料は一か月金九万円であると認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

従って、控訴人は、本件土地を昭和五三年三月一三日以降八か月間占有したことにより、同年七月一七日に建物買取請求をするまでは不法行為に基く損害賠償として、右買取請求の後は不当利得返還として、被控訴人に対し一か月金九万円の割合による金員(金七二万円)を支払う義務を負い、被控訴人は右債権を取得したというべきである。

控訴人がその主張にかかる相殺の意思表示をなしたことは、記録上明らかである。

そうすると、前記代金債権は右相殺により金七二万円の限度で消滅し、残額は金六八万九五〇〇円になったといわなければならない。

七  控訴人が右代金債権に基く留置権を行使していることは記録上明らかである。そして、右代金債権が本件建物に関して生じたものであることは明白であり、建物に対する留置権の効力はその敷地に及ばざるを得ず、本件土地全体を本件建物の敷地とみるべきことは前項に述べたとおりである。

従って、控訴人の留置権の抗弁は、金六八万九五〇〇円との引換えを求める限度で理由がある。

八  結局、被控訴人の本訴請求は、金六八万九五〇〇円の支払を受けるのと引換えに本件土地および本件建物の明渡を求める限度で理由があるから右限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきものである。

九  よって、右と一部判断を異にする原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 黒木美朝 裁判官 川端浩 清水信之)

〈以下省略〉

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